Thursday, September 14, 2006

C#C#G#C#G#C# -panharmonicon-

否定的、嘲弄的な、いはゆる常識なる物は、病菌として彼等を冒してゐるのです。

この常識なるものはあらゆるものをただ猍めてしまふだけであって、その觀察の眼が向けられる對象はただ無意味な現實だけ、つまり、その熱狂的な信奉者どもが大袈裟に大地に皍した事物などと呼んでゐるあの現實だけに限られてゐるのです。まるで、かういふ退屈極まる事物、この上もなく暗々裡に因襲と化した事物が、實再に生きてゐる人間の、ありとあらゆる憂慮を、悉く消化できる筈だとでも考へてゐるかのやうです。

或る種の人間とかいふ低級な事物との間には隱密な連絡がとれてゐるのです。そこから、これらの事物とこれらの人間との間にあの自然な傾向、あの相互的な磁力が生まれて來るのです。呼び合ひ、引き合ひ、溶け合ふのですね。かういふ事物に生きる連中は富を積んでも無駄です。

彼等は、自分の息を詰まらせてゐる、持って生れた卑しさのために、人知れず苦しみ、そして死んでゆくのです。生理學的見地から見ますと、かうした無能な實證主義というふ症例は、昨今いよいよその數を増してゐますが、要するに神經衰弱の奇妙な形式にすぎないのです。これは一種の精神錯亂であり、その患者たちは、睡眠中でも、幾つかの言葉を繰返すやうになるのですが、それが一見≪重要≫らしき言葉であり、ただそれを口にするだけ、人生に≪重み≫がつくやうな氣分になるといふ言葉なのですね。

例へば、≪堅實味のある――實際的な――常識≫その他いろいろ、何がなんでも、見境なく口にされる言葉がそれです。かうした氣違ひどもは、こんなふうに考へてゐるのですが、それも屢々御尤もなのです。つまり、かういふ言葉の唯一の功徳は、たとへ上の空で發音しても、これを口ずさむ人に、能力ありといふ證明を與へるといふのです。そこで彼等は、これらの語彙を絶え間なく口にするといふ、功利的かつ機械的な習慣を身につけたのですが、――その結果、遂に彼等は、これらの單語に染み込んでゐる癡呆症的ヒステリーに骨の髄まで冒されてしまふのです。

何よりも驚くべきことは彼等にたぶらかされる連中が出て來るといふこと、往々にして彼等は諸國で行政權を掌握するに至るといふことです。彼等のおめでたい、獨りよがりな、天下泰平な無能ぶりときたら、瘋癲病院行きの値打しかないのにですね。

『未来のイヴ』(創元ライブラリ刊)より抜粋、一部都合の好いやうに改變ゐたしました。

かういふ譯を采りまして、大學受驗を辞することに訣めました。

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