Friday, November 24, 2006

連続体

僕は、可逆変化し得るという理想のもとに在る。

自分らしさを持つことが大事と言われてきたこれまでの社会は、殊日本は、欧米化運動の余剰によって自己主張を促されてきた。

否、多分人間は、他者に、自身に、常に自己を持つことを強いてきた。

僕らはおそらく単にタンパク質の塊だが、物質的に個々の差異は立証される。

だが形而上的概念である意識の相違は、計られるものではないだろう。

身体的レベルでは同じでも、意識の同一性に確証を得ることは出来ない。



最近僕らの周りでは、丁度年齢を同じだけ重ねてきた様な子供達が、能動連鎖的に自殺している。

彼らが自殺した理由には、(また大半が現実的処置として苛虐をそれに据え、実際にそうかもしれないが)

崩壊因子としての自我喪失が、無意識下に少なからずあったように思う。

そして、しばしば死は悔恨されるように、恣意消滅は赦されない。理解されない。

僕らは連綿と関係性をもった連続体という答えなのだろう。

生の欲動と死の欲動は占拠において対等であり、均衡が崩れれば修復が熾るのだろう。



僕は、人間意識の最近類として何にも介在されない物自体を想起する。

巨大な、独立した個体として「意識のようなもの」を喚起させる。

それが、意識として、最上の段階で規定させられる僕たちの現象なのかも知れない。



僕らはやがて大人になる。

僕らは僕らの子供達に"個立"を望むのだろうか。

ただし、希求が途絶えれば、僕らは消滅するに違いない。

Saturday, November 11, 2006

le pénitencier

ヒトの肉体は、その機能の全てを言語化し唯物論の用語によって余すことなく記述することが出来る。肉体も器官に過ぎない。その物理的な制約がヒトの進化を留めているのだとしたら、それはヒトという種の終わりを、いもしない神によって決定づけられているようなものだ。ヒトの中に刻まれた情報は、その個体が意識を受けて得たものだけではない。ヒトという種が連綿と繋がり続け、情報をその中に蓄積してきたのだ。

地球には地球自らが持つ固有の電磁波が存在する。電離層と地上との間で、ELF帯、つまり極超長電磁波として、8Hzの周波数の共鳴が常に起こっている。これを、シューマン共鳴と呼ぶ。この、地球が常に放っている、いわば地球の脳波は、人類にどれだけの影響を及ぼしているのかは未だに分かってはいないが、このシューマン共鳴を触媒として、プロトコルのような共有言語の役割を果たせば、デバイスなしで人脳間ネットワークが形成されることも有り得る。

地球の人口は、やがて、脳内のニューロンと同じ数に達する。ニューヨークベースのコラムニスト・講師であるDouglas Rushkoff氏は、地球上の人間同士が、ネットワークで相互接続することにより地球自身の意識をも覚醒させうるとしている。確かに、ネットワークはニューロテックに進化を遂げており、ヒトの脳内のシナプスに繋がれたそれと同じく、地球そのものがニューラルネットワークと化しているといえる。更に、それらに伴った独立した人間行動が、脳としての地球の役割を補完することになるだろう。

しかし、そのようにして地球が一つの「もの」としての回帰に近づくのであれば、あるいは、そうでなくとも、我々の存在は、ただそれを構成する一要素でしかなく、接続されながらも、意識体としての我々は独立的であるため、インディヴィジュアリティの遍在という矛盾に突き当たる。

Blog Archive