Monday, March 23, 2009

helicoptteronに寄せて

此処一週間、気持ちが塞ぎ込んでしまっていた。春休みだというのに、全く何も獲得しなかった。

週末に実家に電話をかけた際に、父と今後の人生設計についてアドバイス等を貰い、明確で段階的計画でないのであれば、それは甘い、というようなことを感じた。僕の父は殊僕に対しては言葉下手なので、変に気を遣ったり、わざと回りくどい言い方をしたりする。しかしもう二十年も育ててもらったのだから云いたい事ぐらいは分かる。要するに、莫大な金を出資している以上、ゆくゆくは自分たちの老後の預金まで崩さなくてはならなくなる。そういった金銭的責任を排除するために、俺が一端の社会人になるまでの道程をコントロールしろ、ということだ。

今まで、最後には常に父が立ちはだかって、僕の未熟な意識を底上げしてくれていた。二、三年前までは「子育て」という意味に於いて母に任せっきりだったことに対する反感を少なからず持ってはいたが、決してそのようなことはないのだろう。父は、間違いなく僕の師匠のひとりであり、我が家の大黒柱として十二分に家庭の外堀を固めてくれているのである。しかし乍ら、所謂大人物である父の重圧、僕自身が感じる気負いというのもある。どういう意味であれ、父をこえる、というのはとても困難なことであり、父と同じ側の人間として渡り合っていくことに、とてつもない不安を感じるのも本当だ。


僕の危機管理能力の無さと云ったら絶望的で、更に意志を持続させるなど謂うまでも無く、ほとほと呆れ果てるしかないのだけれど、残り一週間で二十の齢を迎えるにあたって、自己改変をしようと思う。本日より「葉隠れの自問」を導入したいと思います。

朝、目が覚めるまで、布団の中で自分が死ぬ場面をシミュレートし、そのままの死体の姿で一日をはじめ、これからあるその一日が自分が生きることの叶わなかった一日を生きるように、人生に一切の悔いを残すことなきように、すなわち、一日一生一死の魂を持って生く。

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